飛騨高山にフィン・ユール邸を再現したミュージアムがあると知ったとき、まるで信じられませんでした。
「飛騨高山にフィン・ユール邸…なぜ?」
ともかく、
飛騨高山のフィン・ユール邸には、そのすべてに度肝を抜かれました。
記事だけでは魅力をお伝えしきれませんが、すこしでも飛騨高山のフィン・ユール邸(以下、フィン・ユール邸)の素晴らしさを感じていただけたら幸いです。
・筆者の視点による感想もおおいに含んだ記事になりますので予めご了承ください
目次
はじめに:フィン・ユールについて簡単に解説
フィン・ユール邸について紹介する前に、簡単にフィン・ユールのことについて触れておきます。
- 1912年1月30日、コペンハーゲン生まれ
- 1930-1934年、王立芸術アカデミーで建築を学ぶ
- 1937年~、家具職人のニールス・ヴォッダーとパートナーを組み、ギルド展(家具展示会)に参加
- 1942年、30歳のとき自邸が完成、住みはじめる
フィン・ユールは王立芸術アカデミーで建築を学んだのち、コペンハーゲン家具職人ギルド展への参加をきっかけに、時を経て「名作」と評価される家具をデザインしていきました。
フィン・ユールのすごいところに、家具デザイナーとしてのキャリアを積まず、指物師の資格も取得していなかった点が挙げられます。
当時のデザインマークにおいて、指物師の資格もないのに家具をデザインするのは異例のことであったようです。
周囲の批判もだいぶあったようですが、だからこそ型にとらわれず自由なインスピレーションで、数々の名作家具をデザインできたのではないでしょうか。
なお、フィン・ユールは77歳で亡くなるまで、生涯自邸に住み続けました。
なぜ、飛騨高山にフィン・ユール邸?
飛騨高山にあるフィン・ユール邸(NPO法人フィン・ユール アート・ミュージアムクラブ)は、北欧の建築・家具などをとおし、生活文化を学ぼうとする人たちが集まり、NPO法人として運営されています。
飛騨高山の山あいにある静かな場所でフィン・ユール邸が完成したのは、2012年1月30日のこと。
フィン・ユール生誕100年の節目に完成しました。
しかし、なぜフィン・ユールの自邸を再現しようと思ったのか?
だれのアイディアなのか…?
スタッフさんに話を聞いたところ、発起人は飛騨高山の家具メーカー、株式会社キタニの田中清文氏(当時の代表取締役会長)とのことでした。
「北欧家具デザイナーの最高峰のひとり、フィン・ユールの邸宅は暮らしに対するポリシーが詰まっている。彼の最高傑作のひとつだ」
「それをこの場所に再現して、デンマークと日本の交流拠点にしよう。北欧家具を体感できる生きた美術館にしよう!」
突拍子もなく会長が熱く語り出したときには、社員みんなが唖然としていたようです。
それでも、たくさんの問題(許可申請や協力会社との調整など)をクリアして実現したわけですから、すごいですよね。
そして、プロジェクトに賛同した人たちと一緒にNPO法人として運営を始めたということです。
解説がおもしろくて勉強になる
フィン・ユール邸は、見学して終わりではありません。
スタッフさんの解説付きでじっくりと見学できます。
外観のこと、室内のこと。
もちろん、家具もくわしく解説してくださるので興味が尽きません。
フィン・ユールに関するおもしろいエピソードも聞けて、本当に楽しいです。
基本情報
開館日 | 4/1~11/末 |
見学時間 | 午前:10:00~12:00 午後:13:00~15:00 |
連絡先 | 0577-34-6395 |
住所 | 岐阜県高山市松倉町2115番地 |
協賛金 | 3,000円 |
運営 | NPO法人フィン・ユール アート・ミュージアムクラブ |
ホームページ | https://finn-juhl-house-takayama.org |
見学するには、協賛費として3,000円が必要です。
くわしくは公式サイトをご覧ください。
感動。フィン・ユールのこだわりが詰まった自邸を見事に再現
「オリジナルを忠実に再現するのが我々の命題だったんです」
スタッフさんに解説を受けながら目に飛び込んできたフィン・ユール邸。
雑誌で何度も見た、あのデンマークの巨匠の家がここに…?
あまりの完成度の高さに、ため息がもれるほどでした。
しかし、フィン・ユール邸を建設するにあたっては、さまざまな苦労があったようです。
デンマークと日本では、建築基準法も違えば気候も異なります。
飛騨高山は冬になると大雪が降りますから、さまざまな対策も講じないといけません。
残念ながら断念せざるを得なかった工事もあったようで、デンマークのフィン・ユール邸とはいくつかの違いがあるものの、完成度の高さにはおどろくばかりです。
プロジェクトメンバー、職人、工事業者など関係する人たちが力を結集したからこそ、再現できたのですね。
外観
外観については、完成度の高さに感動したのはもちろんなのですが、
「なんてかわいい外観なんだ」
と感心しました。
真っ白い壁にフィン・ユールが好んだとされる鮮やかな色彩。
まるで絵はがきを切り取ったような、かわいい外観です。
日本では考えにくいですが、フィン・ユール邸はレンガ組みの上に漆喰を塗っています。
近づくとレンガの形がはっきりと分かります。
玄関は東側の中央にあります。
方角によって建物の表情がまったく違うのもおもしろい発見でした。
青い空と緑に白い壁がよく映えます。
外灯も見事に再現されています。
既製品など販売していないわけですから、職人さんに依頼して再現したそうです。
すごい。
室内空間
玄関を通過すると『ガーデンルーム』と呼ばれる部屋があります。
鮮やかな青いソファが静かな部屋を明るく照らすように、存在感を放っていました。
背面にある植物は、自然を身近に感じられるように工夫したフィン・ユールならではアイディアなのだと筆者は思いました。
日本では西日を避けるように西側の窓は小さくする傾向にありますが、フィン・ユール邸は違いました。
なんと、リビングルームは西側に面しており、大きな窓があるのです。
灯りを楽しむ
フィン・ユールにかぎらず、当時のデンマークの人々は、日が暮れはじめるとローソクを灯すようにランプをすこしづつつけて、わずかな灯りを楽しんでいたようです。
西側に大きく設けられた窓は、外部との境界線があいまいで自然との一体感を感じられます。
フィン・ユールが自邸を建てるにあたり、細部までこだわっていたことが分かる写真です。
どの部分にこだわっていたか分かりますか?
気づいた方は、職人さんがどれほど大変だったか想像できると思います。
リビングの天井には照明がついていません。
手元のランプで読書を楽しんでいたのでしょうか。
それにしても、居心地のいい落ち着く空間でした。
夜、暖炉に火を灯したこの部屋で、ゆっくりと読書してみたいものです。
フィン・ユールは自宅でも椅子の試作品を研究していたようです。
よほど仕事熱心だったのでしょう。
試作品を作ってみたものの量産に至らなかった椅子もあるそうで、世界に1脚しか存在しないモデル(プロトタイプ)があるのは、そのためだったのですね。
スタッフさんからドア枠について解説してもらったとき、鳥肌が立ちました。
なんと、ドア枠が斜めに取り付けてあるのです。
これによって、手前側と向こう側では、空間の見え方がまるで違うように感じます。
空間設計にこだわったフィン・ユールのセンスのすごさを感じた一幕でした。
写真ではなかなか伝わりにくいので、ぜひ現地で体感してみてください。
床はお客さんが過ごす部屋はモミの木で、家政婦さんが往来する通路はコルクボードが使われていました。
動きまわる家政婦さんの足音を軽減するための工夫だったようです。
「家政婦さんが働きやすいように動線を考えているのが、フィン・ユール邸のおもしろさのひとつでもあります」
と、スタッフさんに教えていただきました。
家政婦室には大きなデスクとアームチェアがあります。
アームチェアは背もたれ、アーム、座面が浮いたようなデザインになっていて、重厚感があるのに軽快さも感じる不思議な魅力がありました。
いずれにしても、邸全体の間取りや動線の考えが、フィン・ユールが家政婦さんのことを大切にしていたことが伝わります。
ちなみに、フィン・ユールはプライドが高かったそうで、家政婦さんに一度も自邸の感想を聞かなかったようです。
「気に入りませんね」
なんて言ったら、どうなっていたんでしょうね。
ダイニングルームは大きな窓が並び、開放的で気持ちのいい空間でした。
天井は濃い茶色で暖かさが感じられます。
壁際にあるカウンターは、壁にベタ付けせず暖房器具の上昇気流を妨げない工夫が見られました。
見た目だけでなく、過ごしやすさも考えた設計に感動します。
「いかにうつくしく見せるか?」
フィン・ユールのこだわりは、何気ない建具からも感じられました。
たとえばキッチンにある収納。
扉がうすく、スッキリとして見えますよね。
扉を開けてみると、ちゃんと厚みがありました。
うつくしく見せるために、見えない部分を工夫するフィン・ユールのセンスに脱帽です。
ちなみに、時計はキッチンにだけ掛けられていたようです。
穏やかに、時間を気にせず過ごしたいフィン・ユールのライフスタイルがあったからでしょうか。
では、なぜキッチンにだけ時計があるのか?
スタッフさんの解説によると、
「家政婦さんがご飯を作る時間を把握するために必要でした」
なるほど…
デンマークのフィン・ユール邸の寝室は、改築やレイアウト変更が幾度となくされていたようです。
こちらではベッドが2台設置された状態を見学できました。
寝室の照明には、louisepoulsen社の照明が取り付けられています。
主寝室前の通路には大きなクローゼットがあります。
フィン・ユールはスーツと革靴を履くイメージしかありませんが、プライベートでは一体どんな服装をしていたのでしょうか?
クローゼットの横には造作のベンチが設置してあります。
ここで靴を履いたり、着替えたりしたのですね。
浴室はシンプルながら、タイルにも細かなこだわりが。
職人さんは絶対大変だっただろうと想像しました。
壁の色
室内の壁は基本的にホワイトで、天井は部屋によって異なる色が使い分けられていました。
個人的にはリビングルームの天井の色が一番好みでした。
この部屋にいると不思議と気持ちが落ち着くのは、天井の色も関係している…?
家具
フィン・ユール邸のもう一つの楽しみは家具を見ることです。
展示している家具は当時のままのヴィンテージモデル、キタニが忠実に再現したもの、シチュエーションを大切にして用意できる別のフィン・ユール家具の3パターンがあります。
もちろん、見るだけでなく、椅子はすべて座ることができます。
堂々たるオーラを放つブワナ・ラウンジチェア。
1962年にFrance &Sonから発売したものをキタニが忠実に再現しています。
座って、フィン・ユールが見る室内の景色を味わってみました。
キャビネットを浮かせてしまうという常人では考えつかないようなアイディアに脱帽です。
フィン・ユールは構造音痴と呼ばれたこともあったそうです。
しかし、構造を無視したからこそできたデザインもあったはず。
後期にデザインした家具は目に付く部分に太い貫があったりするので、
「外野がうるさいから、だんだんと構造も気にするようになっていったのかな?」
と思いました。
初期と後期の家具では、フィン・ユールのデザイン設計に対する変化が感じられて興味深いです。
後期は量産できる家具を目指して、シンプルモダンなデザインが増えていると感じます。
中庭を前に、ユニークなベンチが展示されていました。
クッションの位置を自由にずらして、テーブルとしても使えるというもの。
「ゲストが快適に過ごせるよう考えて設計した家具なのでしょう」
解説を聞いたとき、フィン・ユールは人をもてなす優しい心を持っていたんだろうと感心しました。
イージーチェアNo.53はうつくしいだけでなく、とても快適な座り心地でした。
椅子は眺めるだけでなく、実際に座ったり裏側をのぞいたりと、じっくり体感できるのもフィン・ユール邸の楽しみ方のひとつです。
貴重なヴィンテージチェアをじっくり堪能できる
フィン・ユールが1946年にデザインした椅子『NV-46』は、まるで彫刻品のようなうつくしさがありました。
「弊社(キタニ)はリペアが得意ですが、これだけは何もせず、そっとしておこうと決めたんです」
いや〜、それにしてもあまりのうつくしさに感動しました。
アームレストのあまりのうつくしさに、しばらく見惚れていました。
なめらかで立体的な形状は彫刻そのもの。
本当にうつくしいです。
もちろん、見るだけではなく座ることもできます。
そっと座って、座り心地をかみしめました。
さいごに:とても貴重な体験でした
フィン・ユール邸、取材のことを忘れてしまうほど、本当に素晴らしかったです。
おもしろい発見がたくさんあり、フィン・ユールがさらに好きになりました。
見学中におどろいたことは多々ありますが、なにが一番すごいって、戦争をしている最中に建てたということ。
戦時中ですから、建設に使う材料も不足していたことでしょう。
不安定な社会情勢のなか、デザインだけでなく快適さも追求したフィン・ユールはやはり只者ではないと感じます。
フィン・ユールのセンスを味わい、偉大さを再認識できた1日でした。
そして、このプロジェクトを成功させたNPO法人フィン・ユール アート・ミュージアムクラブと、キタニ、建設に携わった方々の熱い想いを感じられた1日でもありました。
飛騨高山へ旅行がてら、ぜひ足を運んでみてくださいね。
きっと感動しますよ。
[…] の情報を提供されているメディアです。このたびご来場いただけるお客様の視点で、フィン・ユ-ル邸をとても丁寧にレポートしていただきました。https://furniturecompass.jp/interior-news/finnjuhl-house/ […]